場の量子論を制覇しよう!

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量子力学概論(その5)

 現在2023年4月21日21時03分である。(この投稿は、ほぼ1380文字)

麻友「太郎さんでも、あんなこと、できるんだぁ」

私「51年半も、生きていると、もうちょっとマシに、できなかったのかな? みたいに反省することは、あるんだ」

若菜「本当ですか?」

私「浪人していたとき、つまり、1990年だから、麻友さんは、生まれてない。代々木ゼミナールに通っていて、東大京大コースは、女の子2人だけで、一方と惹かれ合っていた」

結弦「内海さおりさんと、二股じゃん」

私「そう。内海さんに、暑中見舞いなんか、出しているから、その女の人とは、手をつなぐことすら、してない」

麻友「あれっ、内海さんとも、体育祭のフォークダンスだけですよね」

私「そんなことは、どうでも良いの。私は、頭の良い女の子、すぐ好きになっちゃうの」

若菜「それで、どうして反省?」

私「夏の暑い日、教室が、クーラー効き過ぎてたの」

麻友「分かった。太郎さんも、辛かったのね」

私「『こんなに、男の子いるのに、寒いよなあ』と、先生が、その2人に、話しかけて、2人も、『寒いです』というけど、羽織るものは、ひとつしか持っていなかった」

若菜「惹かれ合ってた女の人だけに、渡すわけにも、いかなかった」

結弦「なんていう人だったの?」

私「後期で、合格し、報告に言ったとき、階段で会った。『どうして、前期駄目だったん?』と、言われたけど、名前も聞けずに、別れた。世話をしてくれていた人に、最後に、『今、出ていった女の人は、誰ですか?』と、聞いた。『宮津じゃないか?』」

若菜「お父さん、1年浪人しているくらいなのに、そんなに奥手だったんですか?」

私「その後、校舎の壁の、合格者名を、捜した。『広島大学医学部、宮津、合格◯』 医学部目指してたんだ。と、そのとき知った」

麻友「そっかー。お母さんじゃないけど、経験値高いのは、確かなんだ。でも、この後に、今日のことを、書いちゃ駄目よ」

私「もう、麻友さんには、分かってるから、書かない。今日書くのは、昨日の、朝永さんの話で、『物理学と私』か、『鏡の中の世界』の中に、と書いたんだけど、


朝永振一郎『鏡のなかの世界』(みすず書房)昭和40年(1965年)第1刷 昭和41年(1966年)第6刷


の中に、『わが師・わが友』という短編集があって、その中に、『滞独日記』がある。私の本で、88ページ

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十二月十四日 計算を進めたら積分が発散した。こういうことをやっているのだ。

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                     (『鏡のなかの世界』滞独日記より)


とある。昨日私が書いたのは、このことだ」

若菜「6刷って、随分売れてますね」

麻友「あっ、これ」

結弦「1965年って、朝永さんが、ノーベル賞取った年だ」

麻友「太郎さんが、男の人らしく振る舞えた。という報告で、今日は、良いんじゃない? 『量子力学概論』は、またにしましょう」

私「分かった。これで解散」

 現在2023年4月21日22時09分である。おしまい。